One person a day

ある美術ファンの記録帳
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小谷元彦
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出社のついでに山本現代を覘く。いまは彫刻家の小谷元彦氏の展示。物の骨格だけを形にしたような作品がいくつか並んでいた。ギャラリー全体が黒い壁で、展示台も黒く仕立てられ、作品にだけ照明をスポットで当てているので、少し怖い印象、寒々しさを感じさせる。絶滅してしまった動植物みたいな。

小谷元彦についてはあまり知らないので色々と調べてみたところ、彼が芸大で彫刻を学んだきっかけは「仏像」を彫りたかったからだとか。小さい頃から一人で仏像を観に行くような子どもだったらしい。芸大卒業後は院に進むも、金銭面、制作環境面を考えて助手に。そして、1997年に最初の個展「ファントム・リム」を開き、白鳥の剥製や鮫の歯、血液といった特異な素材を用い、注目を集めた。

彼は彫刻だけでなく、映像や写真などの作品も発表しており、「ファントム・リム」展でもラズベリーを握りつぶした少女の写真(5枚の連作)が話題となったらしい。映像では金沢21世紀美術館が所蔵している波打ち際をハイスピードカメラで撮った作品エンガルフなどがあり、この作品については「水は彫刻にできないので映像のなかで彫刻にしたかった」と述べている。

今回の展示は「原点に立ち戻った(山本現代HP)」作品とのこと。重みの感じられる作品でその緻密さは相当なものだ。今後しばらくの間は立体的な作品を作り続けるそうで、ちょっと気になるアーティストだと思う。

円山応挙
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上野の芸大美術館で始まった金刀比羅宮展へ。お目当ては円山応挙の襖絵だ。相国寺で若冲の動植綵絵を見てからというもの、その時代に一番の人気を誇ったという応挙のことが気になっていた。

金比羅さんは実家が近くなので何度か行ったことがあるが、その頃は障壁画や襖絵などまったく気にも留めていなかった頃なので、じっくり見るのは初めて。今回の展示では書院を再現した構成で展示しているので、個別の絵としてだけでなく、応挙や若冲が作り出した空間そのものが味わえる(もちろん一部は複製)。

まず鶴の間から始まり、もっとも惹きつけられた虎の間へ。目力はあるものの、怖さを感じさせない虎が数匹。しかし、その毛のリアルな表現はさすがだなぁと思う。実際に虎を見ることができず、虎の毛皮と猫を参考に描いたと後で知ったが、まさにそんな感じの虎だった。部屋の隅の部分には木々や滝を描かれており、観る人に立体的な空間を感じさせるよう工夫していた。こういったことが分かるのもこの展示方法ならでは。続く七賢の間では人物の顔を丸く囲った形跡が気になったが、これはかつて部屋に忍び込んだ輩が悪戯した跡だとか。残念な話だ。

岸岱についてはまったく知識がなかったが、柳の間に描かれていた巨木の力強い表現が良かった(複製だったのが残念だけど)。続く若冲の花円図は圧巻。近寄って見たときはその精密さに感服したが、なにより通り過ぎて振り返って見たとき、部屋全体に漂っていたエネルギーが半端じゃなかった。これに続いて再び応挙の瀑布古松図(複製)。滝、水の流れ、水飛沫などが荒々しく、人を圧倒する力がある。

この後、邨田丹陵の富士の間と続くが、最後にあったVTRで見た感じだと、本当はもっと左右の壁との連続性があって、富士山の雄大さを描いた魅力的な作品のようだ。その一体感が今回の展示では伝わってこなかった。とはいえ、全体を見るとお腹いっぱいになる展示内容。地下2階にも展示は続くがメインの3階だけで力を使い果たした感じ。同時に開催している広重の江戸百景も流して観る位になってしまったが、もう一回来ても悪くないなと思う展示だった。

広島ピースセンター
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丹下健三が設計を手掛けた広島ピースセンターに行く。原爆ドーム、イサムノグチの慰霊碑と作る平和の軸線が象徴的だった。放射線の危険を指摘されながらも、広島は高校時代を過ごした思い出の地として丹下が設計を志願した建物だ。彼を一躍スターダムに押し上げた作品でもある。

軸線への入り口として分かりやすいまでにコルビュジェ風のピロティ、日本の伝統を駆使したファサードなど、さすがは20世紀を代表する建築。しかし、この建物のコンペ案で原爆ドームへの軸線を提示したのは丹下だけだったというから意外だ。つまり、丹下が応募していなかった場合、この都市軸は生まれていなかったことになる。

展示内容はもちろんこれまでに知っていることだったが、やはり原爆を落とした米国政府の機密書などを見ていると憤りを感じてしまう。また、かの国が日本との戦争後も朝鮮、ベトナム、中東とずっと戦争を続けていることを再認識し、それに追随するような日本の姿勢にも虚しさを感じた。

気分を改め、広島焼きを食べて帰京。

厳島神社
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以前からずっと行きたかった宮島の厳島神社へ。海面の中にたたずむ大鳥居はてっきり地面に埋まっているものだと思っていたが、ただ地面の上に載せられているだけと知って驚く。潮が干いていたので触れるところまで近寄ったが、鳥居の木は材木として加工されておらず、まさに大木をそのまま持ってきた感じ。生命力溢れる鳥居の姿に感動した。

鳥居以外の建物に関しては簡素な造りで、特に印象に残るものではなかったが、潮が満ちて水の上に浮かんでいるような状態になったらその印象は急変するのだろう。

宝物館では平家が用いた法華経の経典(複製)と狩野探幽が描いた大黒の絵などを見た。豪華な経典は当時の平家の勢力を物語るものだった。

速水御舟
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先日、ユトリロ展を観に行ったときに買った「ぐるっとパス」を活用するため、山種美術館へ。開館40周年記念として開催していたコレクション展を観る。麹町の駅から歩いたら予想以上に遠かったが、皇居のお堀の辺りを歩くことなんて花見のとき以外ないのでいい気分転換になった。

今回の展示で一番興味があったのは岩佐又兵衛の絵だ。「奇想の系譜」で最初に挙げられた画家だが作品を見たことがなく、一度生で見たいと思っていた。飾られていたのは「官女観菊図」の一枚だけだったが、描かれた女たちの緻密さと彼女たちが乗っている牛車の豪快さのバランスがよく、また繊細に描かれた草花も美しかった。彼の描く人物の特徴とされる豊頬長頤(ほうきょうちょうい)も表れていた。

近代絵画に関しては本当に知識ゼロなので、なんか心に響く人がいたら覚えて帰ろうという魂胆。で、速水御舟がその心に響いた人だ。会場のもっとも奥に飾られていた「炎舞」はもう分かりやすいほどオーラのようなものを放っていた。展示のされ方もそこだけ特別扱いだったが、その価値があることは一目瞭然。本当に光を放っているかのようだった。

炎に近寄ってくる蛾を描いた上部が非常にリアルに描かれているのに対して、下部は炎をデフォルメして一種、記号のように描ききっている。炎というのは形態を目で捉えるのが難しいが、一瞬、停止させたらこんな形かもしれないと思わせる力があった。

あと、同じく御舟の「白芙蓉」も墨の滲みを駆使して描かれた枝葉、繊細な白で描かれた花がとてもかよわく美しかった。

ヘンリー・ダーガー
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ヘンリー・ダーガーの絵を観るために原美術館へ。原美術館は空間としては気持ちのいい美術館だが、雨の日に駅から歩くのは少しつらい。とはいえ、週末は予定が入っているので、仕方なく15分歩く。

最初の部屋に飾られていた絵は雨の日のステンドグラスのような色調。明るめの色を使っていても、暗いフィルターがかかっているかのようだった。彼が女の子に固執して絵を描いているのは一度も出会うことなく生き別れた妹の存在が大きく影響しているらしい。

メインのギャラリーは彼が書いた小説「非現実の王国で」を、絵として描いたものが並んでいた。子供たちとの戦争のストーリーだけに、絵のなかの少女たち(男性器のある子もいるのが謎)は逃げ惑ったり、武器を持って戦ったりする姿が描かれている。色調は明るくても、描かれた世界観は暗いもので、それは全体をとおして共通している。

輪郭を黒い線で描いたあとに、薄く水彩で色をつけているため、一見子供が描いた絵のように見えるが、ダーガーは何も学ばず独自に絵を描き始めたため、テクニック云々より書きたい欲求が先にでてきた感じだろうか。雲が突然人の顔の形をしていたり、まったくテイストの違うイラストがコラージュされたりと全体的に乱暴な印象。塗り残しによって白い部分が残っているところも多い。それでも、全体に漂っている世界観の独自性には圧倒される。

二階には彼の家の家主だったネイサン・ラーナーの作品や写真が展示されている。ラーナーの回想によるとダーガーは変わった人物だったようだ(やっぱりという印象だけど)。ダーガーの死後、ラーナーがその絵を見つけ、公表したことによって今にいたるという。そのほか、子供たちを慈しみ守る動物の絵のコーナー、国旗のコーナー、楽園を描いたコーナーがある(楽園と言っても決してそうは見えず、やはり根底にある暗さは変わらない。少女たちは死んだ目をしている)。

観終わったあとは、大崎駅まで歩く。帰りは大崎のほうが下り坂で楽な気がする。今度は晴れた日に来たい。

バリー・マッギー
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ワタリウムで開催中のバリー・マッギー展へ。ストリートのアーティストということしか知らなかったが、観ておくべき展示だろうと思って覘くことにした。展示は4階からスタート。エレベータを降りた瞬間、異様な音が聞こえてきて何だろうと思ったが、人の形をしたロボットがスプレーで絵を描く姿を演じていて、これには思わず笑ってしまった。

3階に下りるとテレビやビデオデッキなどが積まれていて、ノイズがかった映像が流れていた。これはあまり心に響かず。で、メインの(?)2階は幾何学的なグラフィティが壁一面びっしり。ただ、幾何学的とはいえその並び順や色使いに規則性はなく、むしろランダムに構成されていた。ワタリウムの2階は、3階まで吹き抜けになっているので壁面が大きく、それを埋め尽くした幾何学パターンからはすごくエネルギーを感じる。

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ただ、全体をとおして見て、ポップなキャラクターもののイラスト、幾何学的なパターン、映像を使ったインスタレーションとまとまりが感じられなかったのも事実。個人的にはキャラクターものが好きだなと思った。幾何学的なパターンもあれだけ並べられると圧巻なんだけど、感動するにはいたらず。時間がなくてキャラものの絵もしっかりと見られなかったし、2階で流していた来日時の映像も見れなかったので、また行くことにしよう(リピート無料だし)。

ワタリウムを出ると、通りをはさんだ前の店の壁面にマッギーが絵を描いていて、小さなスペースに文字イラスト、幾何学、キャラものがひしめき合っていながらも、魅力あふれる壁になっていた。彼は生活のために展覧会用の絵も描かなくてはならないと公言している。それもあって、彼が本当に生き生きとした絵を描けるのはこうしたストリートにおいてのみなのかもしれないと思った。ワタリウムがもしそれを認識していてこうした展示をしたのであれば、この上なく、にくい演出だけど。

ヤノベケンジ
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ヤノベケンジ。先日、デュマス展の後に現代美術館で彼の作品を見て非常に気になっていたアーティスト。いま、横須賀美術館で彼の作った巨大なフィギュアが見られると知って、はるばる横須賀まで観に行くことにした。

横須賀美術館は京急の浦賀駅からバスで15分。時間がなかったし、駅を降りてすぐのところにタクシー乗り場があったので、タクシーで行くことにした。だいたい1200円くらいで5分。山本理顕が設計したこの美術館はかなり気持ちがいい建築だった。何より立地がいい。海に面した斜面に建っているのだ。美術館併設のイタリアンでは平日の昼間だけあって、地元のマダムたちが料理と空間を楽しんでいた。

今回の展示は「生きる」をテーマに9人のアーティストの作品が飾られている。最初は石内都の写真。老いを肯定的に捉える視線といえばいいだろうか、先日観た山本宗補とどこか印象が重なる。石内は女性の体についた傷跡や手術跡を接写しており、それが生きてきた証として誇らしげとはいわないまでも、肯定的に捉えられているように感じた。

その次は石田尚志のドローイング。少し描き足しては撮影、を繰り返して出来上がった映像は、蔦が伸びていく様子を早送りしたみたいで生命力を感じる。けっこう好きな作品。3点ほど作品があったが、最後の作品が縦方向に伸びていく感じでよかった。

で、ヤノベケンジ。彼の作品に核へのアンチテーゼという意味が込められていたことをはじめて知る。たんなる面白キャラクターかと思っていたのだが。まぁ、そんなこと関係なく、地下1階に置かれていた巨大なトらやんには感服するばかり。よくこんなの作ったなぁ。しかも火を噴くらしい。トらやんの行列も小学生の遠足のようで良かった。

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あと、気になったのは舟越桂の彫刻だ。顔はふつうの人なのに、体は異常さを備えている。眼は鎌倉時代の仏像のように玉が入っていて、目が合うとなぜか逸らしてしまう力を持っている。これも「生きる」がテーマであることに納得。

生きる展を観た後、週刊新潮の表紙を手掛けてきた谷内六郎館を観ようとしたのだが、この日は休館。美術館に置かれていたバスの時刻表に合わせて停留所に向かうも、途中で出会ったタクシーに乗り込んでしまった(雨が降っていたせいだ、たぶん)。電車に揺られて約1時間で品川へ。図録を読みながらウトウトしていたら、あっという間に品川に着いていた。

モーリス・ユトリロ
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三鷹の駅前にある美術ギャラリーにユトリロ展を観に行く。ぐるっとパスが使えるらしいので、買ってみることにした。たぶん元はとれるだろうし。

前日に非常に写実的なロシア絵画を見ていたこともあって、ユトリロのパリの街並みは非常に美しく見えた。やっぱり絵画は作者の人間性が現れるようなものがいいなぁと思う。ザックリとした建物や道路の描き方もだが、木の枝ぶりや葉の載せかたのどこか繊細な部分がいい。ごくありふれた街並みなんだけど、久しぶりにパリに行きたくなる、そんな思いを抱かせるような絵だ。

作品は時系列で展示されており、「白の時代」をすぎると一気に絵の色彩が鮮やかになる。だが、一般に言われているように魅力的でなくなってしまうのも確かだなぁと実感。この辺りはユトリロの絵が評価されるようになり、彼の周囲でそのお金に擦り寄った母親や妻の影響もあるのだろうか。彼の絵に出てくる腰を張った独特な女性のシルエットは嫌悪感を示したものだと解説に書かれていたし。ユトリロについては、彼の描く絵以外の人間的な部分をよく知らなかったので、少し彼の生き様についても興味がわいた。

イリヤ・レーピン
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上野の国立ロシア美術館展へ。ロシアの画家たちによる絵画が80点ほど展示されているというので、サラッと気になる絵だけを重点的に観ようと思って、最初に印象に残ったのが上の絵。イワン・アイヴァゾフスキーの「アイヤ岬の嵐」だ。

ロシア絵画は肖像画や風景画など写実的なものが多くて、きれいなんだけど若干、退屈だと思いながら観ていたら、この絵がガツッときた。彼の絵は4点展示されていて、ひとつのコーナーを形成している感じになっていた。この絵の反対側にあった「天地創造」も雲が神の形をしていて、他のロシア絵画とは完全に一線を画していた。

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次に気になったのはやはりイリヤ・レーピン。きれいにきれいに書き上げている他のロシア絵画と違って、彼の絵は少しタッチが荒く、ボワッとした印象を与える。だが、それが写真とは違った絵の良さを感じさせてくれる。色使いも非常に美しいし、絵が力強い。「何という広がりだ!」という絵のタイトルも豪快でナイス。

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そして、イワン・シーシキンの風景画だ。「針葉樹林、晴れの日」にしても「冬」にしても写実的なんだけど色が非常に美しく丁寧で、樹木についた苔などは生きているかのようだった。「冬」の雪のきらめく感じもうまく表現されていた。写実的な絵はたくさんあったが、技術的な差なのだろうか。非常に印象深かった。

ロシア絵画は自然や庶民の生活などを写実的に描いているものが多かったので、記録的な、いまの写真のような役割を果たす絵画が多い印象だった。それでも、その時代に生きたロシアの人々のことが伝わってきて、絵画の持つ芸術的な美しさを感じつつ、メディアとしての役割を認識させてくれる、全体的に内容の濃い展示だった。

松蔭浩之
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松蔭浩之氏の写真を観に、ミズマアートギャラリーへ。彼とは一度だけ仕事を一緒にさせてもらったことがある。

今回の展示は「ART iT」の連載を再構成したものらしい。ファッションデザイナーの津村耕佑がモデルにオーダーメードを逆依頼(?)してデザインするというもの。展覧会の名も「妄想オーダーメード」。

そのコンセプトから分かるとおり、固有のモデルのためだけに作った服なので大量消費的なデザインではなく、非常にアーティスティックな造形。その非常に個性的な服だけを浮かび上がらせるのではなく、松蔭はモデルのポージングや表情によって、自然なものに、というかむしろモデルと衣服のどちらも強く主張し合った作品にしている。DMに使われていた山口さよこはもちろんだが、画家の松井冬子の視線とか、すごく良かった。

ついでに覘いた5階ではHirofu ISO/Komainuの展示があったのだが、ちょうどこの日に絵を買い付けか、借りるために来ていた人がいて、天明屋尚の力士の絵が置かれていた。で、そちらにクギ付けになってしまった。彼の他の絵ももう少し見てみたい。

蔡國強
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銀座の資生堂ギャラリーで開催中の蔡國強(ツァイ・グオ・チャン)の「時光」展へ。蔡の描いた絵は、現代美術館の常設展で見かけて気になっていた。ここのところ(というかずいぶん前から)、注目の中国人アーティストらしい。

ドローイングはわずかに5枚だったが、蔡の火薬を使った絵はなんか好きだ。ある程度の構図は決まっているものの、最後は火薬の偶然性にかかっているところがいい。どこか水墨画のようにも見えてくる。魚の跳ねた情景や、木々の垂れ下がった感じなんかも伝わってくる。できれば、火薬で描くところ現場も観てみたい(映像では見られるけど、生で観てみたい)。

ドローイングのほか、会場では約30分の映像で、彼のこれまでのインスタレーションを振り返ることができる。万里の長城を1万キロ延長する
プロジェクトなんて、その発想そのものが素晴らしいなぁと感服してしまう。来年にはNYのグッゲンハイム、中国美術館、ビルバオと彼の個展が巡回するらしいし、五輪のヴィジュアルディレクターも務めるらしいので、この展示で彼の作暦やコンセプトなどを知ることができて良かったなと思う。

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